先輩の「経験かな」を引き継ぐ聞き方 ―野田クリスタルさんのヒアリング動画から整理してみた
はじめに
「先輩、この場面ってなんでこう判断したんですか?」と聞いてみたら、「うーん、経験かな」と返ってきた。そんな場面を思い浮かべてみます。
長く続けてきた仕事ほど、判断の理由は本人の中で当たり前になっていて、言葉にしにくいものです。手順書には「何をするか」は書けても、「なぜそうするのか」「どこで迷うのか」までは残しにくい場面があります。
では、その背景はどう聞けば引き出せるのでしょうか。そして聞き出した内容を、どうすれば引き継げる形にできるのでしょうか。
そのヒントとして参考にしたのが、YouTubeチャンネル「テレ東AIアカデミー」で公開された動画です。お笑い芸人でゲーム制作にも取り組む野田クリスタルさんに、企画やアイデアを生み出す考え方をヒアリングし、その場でAIのスキルに変換する、という企画でした。
ここでいう「AIスキル」は、決まった意味を持つ用語ではありません。この記事では、 ある人の知見と、それをどう使うかの手順をまとめ、AIに繰り返し使わせるための指示書 のことを指します。
動画を見ながら、聞き手の質問の流れを追ってみると、「判断の背景を聞き出す聞き方」として参考になりそうな点がいくつも見えてきました。この記事では、それを執筆者なりに整理してみます。
今回の対象読者
- 入社してまだ日が浅く、先輩の判断基準をうまく引き継げず困った経験がある方
- これから配属先で「あの人にしかできない仕事」に向き合いそうな方
なお、この記事では動画内で作られたAIスキル(野田アイディエーションスキル)そのものの使い方は扱いません。あくまで「人の知見を、引き継げる形にするための聞き方」に焦点を当てます。
まず結論
動画の聞き手(進行役の梶谷健人さん)のやり取りを、この記事では次の8つの観点として整理しました。
- 愛着のあるものから聞く
- 気づきの瞬間を聞く
- AIに任せない領域の境界線を聞く
- こだわりや矛盾を聞く
- 地道な部分や強制力も隠さず聞く
- 考え方のルーツを聞く
- 聞いた内容を整理して本人に確認する
- 情報量を削りすぎずにAIへ渡す(ただし、渡してよい情報だけ)
これは動画の出演者が「この順番で聞くべき」と説明したものではなく、執筆者がやり取りを見て整理したものです。1本の動画から見えた流れなので、順番はたたき台と考え、相手や業務に合わせて入れ替えたり省いたりできる形にしています。
ひとつずつ見ていきます。
動画を分解する
以下の発言は、動画のヒアリングパート(02:02〜18:52)およびAIへのインプット〜完成パート(18:52〜20:51)から、執筆者が要約・抜粋したものです。
1. 愛着のあるものから聞く
最初の質問は、仕事のコツではありませんでした。
「これまで作ったもので、これはすごく気に入っているな、というものはどういうのがありますか」
野田さんが挙げたのは、ワンピースの考察データをまとめるものを作っている、という趣味の話でした。いきなり核心を聞くのではなく、その人が好きで続けていることから入る。話す側が楽しそうに話し始めるので、その後の質問にも答えやすくなっているように見えました。
2. 気づきの瞬間を聞く
次に「それってどんな瞬間にいいなと思いついたんですか」と聞いています。野田さんの答えは、たくさん溜まっているのがもったいなく感じた、というものでした。
きっかけを聞くと、その人がどんな状況で発想するタイプなのかが見えてきます。ここでは「自分の中に溜まっているものを、何かに変換する」という発想の型が見えてきました。
3. AIに任せない領域の境界線を聞く
続いて、AIが調べてきたものをもとにアイデアを考えるときの手法を聞いています。野田さんは、アイデアそのものをAIに生ませることはなく、自分がアイデアを生むためにやらなくていいことをAIに任せている、と答えています。
ここが個人的に一番大事だと感じた部分です。何でもAIに任せるのではなく、「本人が考えるところ」と「AIに任せてよいところ」の境界線を、本人の言葉で確認しています。
4. こだわりや矛盾を聞く
漠然としたお題をどう扱っているのか、という質問に対して、野田さんは「真っすぐ戦ったら勝てない。負けるくらいなら、評価ができないものにしよう」と答えました。M-1で優勝した漫才も、点数のつけようがないものを出した結果だった、と振り返っています。
さらに、自分の作ったものに法則を感じさせたくない、というこだわりも語られます。「崩す」こと自体が法則にならないよう、崩しすぎるという法則も避けたい、という一見矛盾した話です。こうした矛盾込みのこだわりに、その人らしさが表れていると感じました。
5. 地道な部分や強制力も隠さず聞く
かっこいい話ばかりではありません。アイデアの種は天から降ってくるものではなく振り絞っている、アイデアを出す一番の条件は締め切りがあること、といった発言も出てきます。
著名な漫画家と話したときにも、同じように締め切りの話になった、というエピソードも語られていました。かっこいい部分だけでなく、地道さや外からの強制力まで聞いているところがポイントです。
6. 考え方のルーツを聞く
既存の形をどう崩すのか、という質問には、野田さんが影響を受けた考え方として、任天堂の横井軍平さんの「枯れた技術の水平思考」と、宮本茂さんから聞いたという「我々はクリエイターではなくエディター(編集者)だ」という言葉が挙がりました。
本人の頭の中だけで完結した話ではなく、誰から何を学んで今の考え方に至ったのか、というルーツまで聞いているのが分かります。
7. 聞いた内容を整理して本人に確認する
ヒアリングの終盤、聞き手は「多分2ルートあると思うんですよ」と、それまでの話を整理して野田さんに確認しています。自分の中に元々ある素材を組み合わせるルートと、お題の評価軸をずらして種を振り絞るルート、という2つです。
聞きっぱなしで終わらせず、いったん整理して「これで合っていますか」と本人に返す。この一往復があることで、聞き手の思い込みに気づきやすくなります。
8. 情報量を削りすぎずにAIへ渡す
ここが一番意外だったところです。動画では、ヒアリングの音声と、話しながら書いたホワイトボードの画像をAIに渡し、処理の流れもAIに任せていました。
野田さんは振り返りで、アイデアに至った過程まで伝えると汲み取ってくれる、として次のように話しています。
「ありのままにすると解決しますよね。整理は向こうが勝手にするから。」
きれいに要約してから渡すと、迷いや矛盾といった「その人らしさ」が抜け落ちてしまうことがあります。これは自分にとって、AIの使い方を見直すきっかけになりました。
ただし、これはテレビ番組の企画として、出演者の了承のもとで行われたものです。職場で同じことをする場合は、そのまま真似できるわけではありません。次の章で、実務で試すときの注意点をまとめます。
抽出した手順
先輩や自分自身の「言葉にしにくい仕事のコツ」を聞き出すときに、使いやすい質問の形にしてみます。業務によっては合わない質問もあるので、省いたり言い換えたりして使う前提で並べています。
- 「今までやった中で、これはうまくいったと思える仕事はありますか」
- 「そのやり方は、どんなきっかけで始めたんですか」
- 「ツールやAIに任せている部分と、必ず自分で見る部分はどこですか」
- 「うまくいかせるために、あえてやらないようにしていることはありますか」
- 「地道な部分や、正直手間がかかる部分はどこですか」
- 「その考え方は、誰かから学んだり、何かの影響を受けたりしていますか」
- (聞いた内容を整理して)「こういう理解で合っていますか」
- 確認済みのメモを、要約しすぎずにAIへ渡し、整理案を作ってもらう
たとえば事務やサポートの業務なら、手順3は「テンプレートで済ませる部分と、毎回自分で考える部分」と言い換えると聞きやすくなります。
AIに渡す前に確認すること
手順8に進む前に、次の点を確認します。
- 記録と利用の同意:録音やメモを取ってよいか、AIで整理してよいかを、話してくれる本人に確認する
- 渡す情報の選別:個人情報・お客様の情報・契約や案件の情報・社外に出せない情報は、削除または匿名化する
- 使うAIと保管場所:会社で利用が認められているAIサービスと保管場所だけを使う。入力内容の保存や学習への利用の扱いはサービスや契約で異なるため、会社のルールに従う
- 出力の確認:AIの出力には、誤りやもっともらしい補完が混ざることがあります。本人に内容を確認してもらい、業務で使う前に業務の責任者にも確認してもらう
「要約しすぎない」は、「判断の背景や迷いを削りすぎない」という意味です。何も確認せずに生の記録を渡す、という意味ではありません。
やってみよう
ここでは、架空の場面で流れを試してみます。
【架空の例】先輩のAさんは、お問い合わせメールに返信する前に、送信ボタンを押す前に必ずひと呼吸置いて読み返している。
最初は少しややこしく感じるかもしれないので、流れを短くまとめるとこうなります。
質問する → メモにまとめる → 本人に確認 → 匿名化 → AIで整理案 → 本人と責任者が確認 → チェックリストとして使う
- まずAさんに、「話を聞いてメモにまとめ、社内で使えるAIで整理してもいいですか」と確認します。
- 「最近うまく返信できたと思うメールはありますか」と聞き、次に「ひと呼吸置くようになったきっかけは」と聞きます。
- 「文面のたたき台はテンプレートを使っても、最後の読み返しだけは自分でやる」という境界線が見えてきたら、「なぜそこだけは自分で見るのか」を聞きます。
- 聞いた内容を「こういう理解で合っていますか」とAさんに確認します。
- メモからお客様や案件が特定できる情報を取り除き、会社で利用が認められたAIに渡します。依頼はたとえば次のようにします。
以下は、先輩がお問い合わせメールに返信する前に何を確認しているかを聞いたメモです。
お客様や案件が特定できる情報は削除済みです。
メモの迷いや例外も含めて読み取り、「返信前の確認観点チェックリスト」の案を作ってください。
メモから読み取れない点は推測で埋めず、「要確認」として残してください。
- 出てきたチェックリスト案をAさんに見てもらい、違うところを直してもらいます。実際の業務で使う前には、業務の責任者にも確認してもらいます。
きれいな質問リストを読み上げるのではなく、会話の流れの中で1つずつ聞いていく感覚です。
つまずきポイント
- 8つの質問を順に読み上げる形になると、尋問のように感じられやすくなります。相手の答えを受けて、次の質問につなげる意識を持つとつまずきにくくなります。
- AIに渡す前に要約を重ねるほど、迷いや例外は消えやすくなります。本人の言葉をなるべく残しておくと、その人らしさが伝わりやすくなります。
- 反対に、「そのまま渡す」を意識するほど、お客様の名前や社外に出せない情報が紛れ込みやすくなります。AIに渡す前に、情報の選別と匿名化をはさむようにすることで情報漏洩を防ぐよう気を付けてください。
- AIが作った整理案は、見た目が整っていて完成品に見えやすいものです。本人の確認を通すまでは「案」として扱う流れにしています。
- 「うまくいったこと・愛着のあること」を聞く工程は、時間がないときほど飛ばしやすいところです。話しやすいところから始めると、後の答えが深くなりやすいです。
実務ではどう考えるか
手順書に書けることは書けばいいのですが、判断の背景や迷いまでは、手順書だけでは残しにくい場面があります。
今回整理した聞き方は、手順書づくりを置き換えるものではなく、それを補う選択肢のひとつです。先輩に教わるときにも、後輩に教えるときにも使えそうだと考えています。手順を箇条書きにするだけでなく、「なぜそうするのか」「どこで迷うのか」まで聞いて本人と確認し、繰り返し使える形にしておく。
実務では、聞く側だけで進めない形にしておきたいところです。話してくれる先輩の時間を確保し、まとめた内容を本人に返して確認してもらう。そうすることで、先輩にとっても自分の仕事を振り返る機会になり、協力しやすくなります。
まとめ
- YouTube「テレ東AIアカデミー」で公開された野田クリスタルさんへのヒアリング動画から、判断の背景を聞き出す流れを8つの観点として整理しました
- 愛着のあるものから入り、境界線・こだわり・地道さ・ルーツまで聞き、本人に確認してからAIに渡す、という流れです
- 質問の順番はたたき台で、相手や業務に合わせて変えられます
- AIに渡すときは、同意・情報の選別・利用が認められたAI・出力の確認をセットで考えます
次に試してほしいこと
身近な先輩、あるいは自分自身に、8つのうちどれか1つを聞くところから試すこともできます。全部を一度にやる必要はありませんし、最初はAIを使わずに、聞くところだけを試す形でも進められます。「最近うまくいったと思う仕事は何ですか」から始めるだけでも、先輩の考え方が少し見えてくるかもしれません。
参考
- テレ東AIアカデミー【公式】「【スキル無料DL】アイディアが無限に湧くM-1王者の思考法をAI化【野田クリスタル×梶谷健人】」(2026年8月2日公開)https://www.youtube.com/watch?v=Y-4ME3PMYtk(参照日:2026年9月13日)
- 02:02 ヒアリング/18:52 インプット/20:05 完成(動画概要欄のタイムスタンプより)